【今日からインフレ?!】過去から学ぶ:ドイツのインフレ(1)

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前回の記事は序章です。

今回は、インフレの歴史として1923年、第一次世界大戦後のドイツで起こったハイパーインフレについて、その背景から触れてみます。
まず、インフレ(inflation)とは何か。

inflation:
1 通貨膨張, インフレーション, インフレ(物価の持続的上昇);(インフレによる)物価の暴騰
2 ふくらますこと, 膨張;ふくらんだ状態;慢心, 得意, ぎょうぎょうしさ, 誇張.


「需要と供給」のバランスを想像してみると分かりやすい。供給(物品やサービスを提供しようとする経済活動)が溢れると、価格が低下しますが、インフレでは、通貨の需要と供給のバランスが崩れ、通貨が増えすぎることにより、モノの価値が上がり続けること、となります。

分かり易いよう数字に置き換えてみます。
通貨供給量が100万だとして、あるモノが1万、預金2万がだったとします。
通貨供給量が2倍の200万になると、モノの価値は、2万。しかし、預金は2万のままですが、通貨の価値としては半減します。



では、1923年ドイツではどのようなことになったのか。
20101020_inflation.jpg

「薪より価値が無い札束」 をストーブにくべるドイツ人。


ドイツとその同盟国は戦争を引き起こした責任として、1320億金マルク(当時のドイツGNP20年分)の賠償金支払いを課せられた。この支払い能力を超えていたため、ドイツは度々支払いが滞った(当時、国民生活は圧迫しており、賠償支払いに反対する国民が紛糾)。

これを背景に対英米向け戦争債務に苦しむフランスは、1922年12月ドイツの債務不履行を宣言。ルール工業地帯占領(ベルギーと共に)を強行し、フランスやベルギーの国境であるラインラントを含む、ドイツ最大の重工業地帯であるルール地方を軍事占領した。
関連:ルール問題 - Wikipedia


第一次世界大戦中より、ドイツでは戦時国債の乱発によってインフレは進んでいた。
賠償金支払いにあわせ、さらなる支出は、裏付けのない紙幣乱発となり、状況を致命的にしたのでしょう。

(1)石炭が埋蔵されていたルール地方を占領されたことにより、ドイツは石炭輸入国に(外貨準備の減少)
(2)当然、ドイツ政府はこの占領を不当として、ルール地域にある工場の全面的生産停止を断行、大規模なストライキで抵抗・・・・・産業活動の停止
(3)ストライキ参加者への補助金(1日4千万マルクの支出)

そして、ドイツは財政破綻、ハイパーインフレが発生した。


後に、世界恐慌(1929年)となりますが、昨日、10月19日は、ブラックマンデー(1987年)でした。



ドイツの内容としてはこちらのほうが、詳しいと思います(下記)。
参考:YouTube - Hyperinflation Germany 1923


2010年10月19日の藤原直哉の「日本と世界にひとこと」のテーマは「 ドル安インフレ」でした。
参考になると思いますので、ぜひ。

こちらもお勧めです。
金融経済ラジオ:橋前勇悟の金融時事経済 - 飛燕改



参考:国際連盟とヴェルサイユ体制の確立


Taiwan_Night_Force_Okinawa_Battle.png

李登輝総統に会いに台湾へ行こう!台湾夜戦隊掲示板 - MBBS


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